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バットの選別にもどる。
つまるところ、すべては音からはじまる。ではイチローのバットの音とは。
久保田は思案する。
「ピアノの音色、いやバイオリンの澄んだ音ですかね。大きい音じゃないですけど、遠くまでよく聞こえる。余韻が残るんです」
バット談義、いや音談義がおわる。
ならば、と、バット一筋の半生を音楽の曲に例えてもらった。いつものごとく、突飛な質問ではある。バット作りを曲にすると。あるいは一番好きな曲は。
六十五歳の久保田は微笑を浮かべる。
「おとめのいのり、クラシックの乙女の祈り、ですか:」
『乙女の祈り』。オルゴール曲の定番である。ポーランドの女流ピアニストが作曲した作品。
「いい。なんとも言えないじゃないですか。心が和む。ホッとします。この仕事に好きで入ったわけじゃないですけど、いまはバット作りに安らぎを覚えるときがあるんです。バット作りは仕事の部分と、安らぎの部分と:。わたしのすべてじゃないですけど、なくなると、寂しくなるんじゃないでしょうか」
♪ポロロロン〜。
♪ポロンポロン
名人は「乙女の祈り」のメロディーを静かにハミングするのだった。
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