1960年長崎県生まれ。1979年福岡県立修猷館高校卒業。1983年早稲田大学卒業後、共同通信社入社。 共同通信では一貫してスポーツ畑を歩み、1996年から4年間はニューヨーク勤務。2002年1月、同社を退社、ノンフィクションライターに。
木は生きている。久保田五十一が、伐採されたばかりの木の鼓動を聞いたのは、冬の終わりのカナダだった。 2003年3月。久保田はオンタリオ湖岸のトロントから車で4、5時間ほど走った山中にはいった。バットの素材となるメープル材を自分の五感でたしかめるためだった。 メープルはカエデ科。同じく北米に分布するモクセイ科のホワイトアッシュに比べ、総じて粘りがあり、折れにくいといわれている。スラッガーの松井秀喜も大リーグではこれを使っているのだった。 気温は氷点下。硬い粉雪が舞っていた。いわゆるパウダースノーだ。太陽の光にあたるとキラキラとかがやく。業者の造材エリアで車を止めると、久保田は案内役、ミズノスタッフらと真っ白な大雪原を歩き出した。静寂の中、黒いハンティング用シューズがざくざくと音を出しながら雪中に沈んでいく。 木々が連なり、小さな起伏がつづく。なぜか無謀にもスニーカーできたミズノスタッフは何度も滑り、足は凍り付いていた。だが毎日山歩きをしている久保田にとっては「散歩程度」だった。 「斜面というか、平地みたいなところですよ。メープルの仕入れ先の造材業者が自分の山を持っているというから、みせてもらったわけです。やはり、山をみるのは大事です」 たしかに木の癖は山の環境によって生まれる。土の質から、日当たり、雨や雪、気温、風:。いいバットをつくろうと思えば、山に行って地質を確かめ、気象条件や環境による木の癖を理解する必要があるのだった。 久保田はメープルの林を分けていく。熊の爪跡をみつければ、「ほお」とつぶやく。立ち木の姿かたちを見て、素手で触れ、真っ赤なほおをあてる。首をかしげ、また歩き出す。 吐く息は白く、鼻水も凍りつく。手足がかじかむ。神経がしびれていく。1時間、1時間半、もはや案内役はあきれ返っている。まだ歩くのか。そんな感じの顔で苦笑いをつくるだけだ。
ほとんど2時間が経った。久保田は止まる。すくっと立つ一本の若木をみあげる。 「見た瞬間、松井さんのバットをつくるのはその木しかないな、って感じました。目方(重量)があえば、いけると思ったんです」 バットになる木は姿かたちもいい。 「表現はともかく、いい木は女性でいうなら、美人なんです。やっぱり姿がきれいです。バットになる木はしゃきっとしているんです。目立ちます。わたしは思うんですけど、スカウトの方が高校の練習を見にいったとき、ドラフト候補はやっぱり光っているのではないでしょうか。何かがちがう。いい木も同じなんですよ」 久保田は伐採を頼んだ。切り株から、ふわりと甘いにおいが漂った。 「ひのきのにおいとちがう、メープル独特の甘いような、ソフトな、やさしいにおいです。水みたいな、自然のにおいでしょうか」 久保田は耳を切り株にあてた。冷たい。耳を澄ませば、何かが聞こえてくる。 「錯覚かもしれませんが、わたしの中ではたしかに聞こえました。湧き水がこんこんと流れ出るような、血液のような:。いやビールをついだあとの泡のはじける音ですかね。かすかに。ぱちぱちぱちと」
久保田は日本でも時折、バットの素材となるアオダモ(モクセイ科トネリコ属の落葉広葉樹)の造材現場を歩く。北海道の日高山系、阿寒山系をたずねる。 1990年頃だろうか。最初にバットの原材をみたときのことを覚えている。 「工場長にアオダモが生えているところをみさせていただくチャンスをもらえませんか、と頼んでいたんです。最初に立ち木をみたとき、自分の想像とぴったしとマッチングしましたね。ハンティングで山を歩いていたからでしょうか」 久保田の趣味はハンティング。 「猟を終えると、切り株をみながら山を降りるんです。山の頂上の木はどんな特徴があって、降りるとどう変わっていくのか。土質が赤いところや黒いところの木はどうなのか、砂が混じっているところの木はどうなのか。日当たりのいい木と、日陰の木はどうちがうのか。水はけのいい山と悪い山では:。そんなことばかりを考えていますから」 なんだか宮大工の世界と似ているではないか。そういえば久保田は法隆寺・薬師寺の宮大工棟梁(とうりょう)西岡常一(故人)を敬愛してやまない。 西岡は生前、「堂塔建立の用材は木を買わず山を買え」(『木のいのち木のこころ』(新潮社)と伝えている。
余談を言えば、久保田は山でバット用材を選別しようとしたことがある。ミズノの用材調達担当者に入荷の際、いつ、どこの山で伐採されたのかのメモを頼んだ。用材の良し悪しで、おのずとその年の山の良し悪しがわかってくる。悪い山なら、入荷を断ればいい。 「担当者に造材業者に電話をしたら、どこの山の用材が入荷されてくるのかを聞いてもらったのです。最初は全部、答えてくれていたのですが、そのうち、こちらの狙いがばれてしまって、教えてくれなくなったそうです」 つまり職人は素材にとことんこだわるということである。 「若いのをみて納得できないのは」と久保田はぼやいた。 「北海道の山に行って木を見てきても、その木が工場に着いたとき、自分から見にいかないことです。言わなきゃ、見ないのです。立ち木をみても、その木がどの用材かをわからなければ、意味がないでしょ。仕事として、当然しないといけないと思うのですが:」