春はシーズンの到来であると共に、選手たちも新しいエキップメントと出会う季節である。日本からアメリカに向けて、新しいバットやグラブが海を渡る。
大阪・鷺洲。ここに坪田の工房がある。グラブを作り始めて56年、これまで多くの大リーガーのグラブを作ってきた。 部屋の中には数々のグラブが飾られ、まるで守備の名手の博覧会のようである。その中にイチローと松井のグラブもあった。
「おふたりのグラブは同じ外野手とは思えないほど、違いがあります」
坪田の許しを得て、イチローの来るべき'04年の試作品と、昨年、松井が使っていたグラブを実際にはめてみる。 たしかにまったく違う。端的に言うならイチローのグラブは指の部分が長く、柔らかい感じがした。
「イチローさんのものは試作品ですが、オフにイチローさんからリクエストがありました。 去年までグラブの色はブルーでしたが、今年からは革の素材を生かした色に変えて欲しいということで、カラーが変わっています。
これは日本でプレーしていた時と一緒で、昔に戻ったわけです」
試作品ではあるが、とにかく使いやすい。指を動かすと、思った通りに反応してくれる。しかも軽く、指はよく開く。 そしてグラブのポケットと呼ばれる真ん中の部分には、こんな文字が刻まれている。
「Handcrafted by T・Tsubota」
紛れもない名人の作品である。
オリックス時代からイチローのグラブを手がけている坪田だが、イチローが大リーグに移籍してから大きな変更点があったと語る。
「グラブにはポケットという、ボールを捕球する際に使う部分があるんですが、イチローさんから、大リーグに移籍してからポケットを 少し大きくして欲しいというリクエストがありました。
『大リーグでは天然芝のグラウンドが多いので、ゴロの打球がスネークしてくるんです。 日本では見られないようなゴロが来るので、ポケットを少し大きくしてくれませんか』という注文でした。日米ではバウンドが違うんですね」
イチローがプレーしていたパ・リーグの球場は人工芝が多いので、ゴロはよく弾むが、不規則な弾み方はしない。 しかし大リーグでは球場によって芝の質、刈り方が違うので、自ずと打球の質も違ってくる。
大リーグのグラウンドに立つと芝生の匂いにホッとする瞬間があるが、外野手にとっては時として芝生は落とし穴になり得る。 イチローは日本とは違うトリッキーな芝生に、グラブと一緒になって対応しながら3年連続でゴールドグラブを獲得していたのである。
次は松井のグラブだ。これは試作品ではない。彼が昨年、ヤンキースの外野を守り、大リーグ1年目の苦楽を共にしたグラブである。
「松井さんは1年間大リーグで使ったグラブを私の元に返してくれました。貴重なものなのに、本当にありがたいことです。 作った側からすると、グラブに皺がよってたりするとガッカリするんですが、返ってきた松井さんのグラブをみて、ああ、上手に使ってくれたな、
と感謝の気持ちでいっぱいになりました」
予想以上に、堅い。全体的に丸く、柔和な印象さえ与えるが、はめてみると堅く、しっかりしている。質実剛健という感じだ。 イチロー、松井のグラブは素人目にもまったく違う印象を与えるが、指を通した感触が心地良いという点では共通していた。
「松井さんが求められるのは、使った時の柔らかさ、そして軽さです。松井さんのグラブは580gくらいになるので、イチローさんのものよりはちょっと重いですね。 はめられてみて、そんなに堅いと感じられましたか?
それはグラブの芯が堅いからでしょう。手のひらのいちばん下の堅い部分が入るところをグラブの芯というんですが、松井さんは芯の部分が堅いグラブを好まれるんです。
1年間使い込まれたグラブですが、芯の部分はまだパンパンなんです。それとポケットは松井さんのグラブは1カ所だけ。その点がイチローさんとは違うでしょうか」
グラブだけではない。ふたりのバットは、同じバット作りの名人から生まれている。岐阜に工房を構える久保田五十一(51)が作り続けている。
グラブと同じように、イチローと松井のバットは驚くほど違う。イチローのバットは握る部分が細く、しかも芯の部分が小さいという。マリナーズのチームメイトからすると、
「我々ではとても実戦では使いこなせない。イチローしかあのバットは使いこなせないだろう」
と言うほど独特のものだった。それに対し、松井のバットはオーソドックスな形をしており、グリップの部分は持ちやすい。ヤンキースの他の打者は松井のバットを評して、
「とても持ちやすいバットだ。誰もが惚れ込むような美しい形をしている」
と語っていた。大リーガーにそれぞれ個性があるように、エキップメントにも個性がある。 選手がイメージする最高のバット、グラブ、スパイク。それを具体化し、サポートしていくのがミズノの役割である。
ミズノが大リーガーを本格的に支援し始めてから、今年で27年。「ミズノ・ワークショップ」は、当初、トレーラーで移動するという形態で始まった。
フロリダからアリゾナまでトレーラーの中で生活し、大陸横断してまで、多くの選手と接し、ミズノの製品は大リーガーの中で市民権を得て支持を獲得していった。
このワークショップも、一昨年からフロリダとアリゾナの2台、今年からはフロリダが2台になり、合計3台が各球団のキャンプを回っている。 それだけミズノを選ぶ選手が増えてきたということに他ならない。
オールスターの常連となったイチローは、4年連続でシーズン200本安打の偉業に挑む。 果たして彼にしか使いこなせないバットからは、今年、何本のヒットが生まれるのだろうか。
そして松井は久しぶりに日本のファンの目の前にその勇姿を現した。彼のバットから、どれだけのホームランが飛び出すのか。 それを予測するのもまた、楽しみである。
新しいグラブを受け取ったイチローは、まず練習でその感触を確かめ、ゆっくりゆっくり、自分の手に馴染ませていく。 グラブも彼と一緒に実戦に向け、仕上げられていくのだ。松井はバットを握り、グリップを確かめながら、バットと自分の打撃のフィーリングを合致させていく。
新しいバット、新しいグラブ、新しいスパイク。大リーガーであっても、新しい道具を使う時は、少年の時のように胸をときめかせるという。 今年も大リーガーたちは、ミズノの新しいエキップメントと共に闘う。
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