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朝から凍りつくような気温の中、朝7時に我々一行は、カナダ北西部にあるメイプルやホワイトアッシュなどが生い茂る森林へと車を向かわせました。 トロントから約4時間かけてたどり着いた場所は雪が50cm近く積もっているような雪山で、空からもしんしんと雪が降りつづけています。
帽子や手袋など、ミズノの吸湿発熱素材、ブレスサーモに身を包んだ久保田五十一は、この山で松井選手のバットにするための最高のメイプル材を探し出そうとしています。
余談ですが、皆さんはカナダの国旗をすぐに思い出せますか?
中心に木の葉のような絵が描かれていると思いますが、あれはシュガーメイプル(=ハードメイプル)と呼ばれる木の葉で、野球バットにもこのシュガーメイプルを使用しています。
メイプルには、大きく分けてこのシュガーメイプルとレッドメイプル(=ソフトメイプル)がありますが、一般的にレッドメイプルは軟らかすぎてバットの材には向いていないとされています。
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話がそれましたが、車を停めた場所から更に歩いて山の中腹へ向かい、そのメイプル林はありました。
生い茂る木の表面をよーく見てみると、熊の爪痕や鹿が表面を食べた形跡が残っています。さすがに今は冬眠中のはずですが、結構背中がぞくりとするような光景を目の当たりにした気がします。
しかし、当の久保田はそんなことにはわき目もふらず、何百本という木の1本1本を見て、触って素材の良し悪しを確かめていきます。
「これはだめだ」「太すぎる」「若すぎる」−正直我々から見たら全て同じ木に見えるのですが、久保田の御眼鏡に適う素材はなかなか見つかりません。 探すこと約1時間。ようやく久保田が「これならいいかもしれんな」と見つけた木がありました。それは木々のほぼ真中で、まっすぐ堂々と空に向かって生えている木でした。
「シュガーメイプルは風でツイスト(ねじれ)しやすい。でもこの木はねじれていなかった。風に負けることなく真っ直ぐ伸びている。それは木の表面の皮を見れば判る」−こう、選んだ理由を我々に話してくれました。
早速、地元の方に頼み、この木を根本から切る作業に入りました。チェーンソーで切ることわずか3分。久保田が選んだ木はあっという間に大きな地響きを立てて崩れ落ちました。
しかし、久保田の表情は淋しそうでした。久保田は木を探している間中、「木を切る時は、木に対して本当に申し訳なく思う。人間の勝手で切られてしまうんだから。木の悲鳴が聞こえてくるような気分になるんだわ」と話していました。
45年間、木と真正面から向き合ってきた久保田が話したこの言葉と切り終えた時の表情は、言葉にしようがない程切ないものでした。 |
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それから久保田はすぐに木の切り株を見に走り寄りました。「思った以上に良い木だな・・・」
そう言いながら何回も何回も手の平で切り株の表面をさすっていた直後、いきなり久保田が帽子を脱いで切り株の表面に耳を当てました。
「静かに!」我々に言うと、そのままの姿勢で2分、3分と何かを聞いています。もちろん、周りに居る我々には何をしているのかも何が聞こえるのかも判りません。
静寂が続く中、ようやく久保田が顔を上げました。「いやー、良い音だ。滅多にないチャンスだ。この木に聞かせてもらえ」と我々に言います。 何のことか判らず、同じように切り株の表面に耳を当てると、根っ子の方からなのかどこからなのかわかりませんがビールの泡が弾けるような音・・・
いや、貝殻に耳を当てた時に聞こえる音とでも言うのか、とにかく聞いたことのないような音が遠くの方から聞こえてきます。 久保田は「水を吸い上げる音なのか俺にもよくわからないが神秘的な音だろ?この木はまさに生きているんだよ」と話してくれました。
このレポートを読まれた方達も、にわかには信じ難いかもしれませんが、確かにそのような音が聞こえてきました。久保田が選んで切った木は、まさに生きていたのです。
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「今日見つけたこの木は今後乾燥作業などをして私の手元に来るのは半年後になるでしょう。半年後と言えば、ワールドシリーズ。 今日見つけたこの木で作ったバットを、是非、ワールドシリーズの舞台で松井さんに使って欲しいと思っています」
「バットに適するくらいの材になるために必要な年数は約80年。私が削ってバットに仕上げるのはたった15分。 今後は、自分の目で確かめた木を材として使い、なるべく切る木を減らしていきたい。効率良く、バットを作りたいんです。それが結果、環境保全にも繋がる。
人間のわがままで木を切るわけですからそれくらいのことをして当然だと思う。今後は後輩達も連れてきて、もっと現場を見ることの大切さを教えていきたい。それが私に残された最後の使命だと思っています」
今日のメイプル材探しの満足度は久保田曰く「90%」。10%は何が悪かったのか聞くと、製材した時に傷などが出るか出ないかは現状わからないから、とのこと。 ということは現時点ではほぼ100%に近い材を探し当てることが出来たわけです。
久保田の言う様に、もしワールドシリーズに松井選手が出場することになれば、その第一打席で握られているバットは、2004年3月15日にカナダ北西部の山の中で探し出した1本のメイプルの木で作られたものかもしれません。
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早いもので3人の名人がフロリダで集結してから1週間が経ち、このレポートも最終回です。
この号が掲載される頃には71歳になっている坪田信義、61歳になっている久保田五十一、そして名人の中では最年少の春名明弘。 この3名人には、他にはないクラフトマンシップが備わっています。そしてこのクラフトマンシップは、後継者達に伝授されていきます。
素材を見極める確かな眼、選手の要望を的確に形にする技術力、そして何より良いプレーをしてもらいたいと願う情熱。 このクラフトマンシップこそがミズノの最大の武器であり、それが、選手達の最高のパフォーマンスを引き出すと言っても過言ではありません。
これからもこの3人の名人と彼らが作り上げるギア、そしてミズノ契約選手達の活躍にどうかご注目ください。ありがとうございました。 |